メインメニュー
ホーム
一高吹奏楽部について
最新情報
今日の吹奏楽部
イベントレポート
写真館
赤ブレ掲示板
リンク
お問い合わせ
当サイトについて
部員専用ログイン
訪問者
現在
ゲスト 3 人
がオンラインです
携帯版赤ブレWeb
赤ブレWebが携帯電話で
ご覧頂けます。 
http://
akabure.x0.com/m/ 
RSS配信
当サイトの最新情報をお手持ちの
RSSリーダーで読むことが
できます。
顧問・副顧問紹介

顧問・副顧問紹介

一高吹奏楽部は、以下の5名の先生方のご指導の下活動しています。

(左から)
伊藤文詔 先生
大沼守正 先生
花城清安 先生
佐藤敦子 先生
阿久津信 先生

花城清安 先生(顧問)
<音楽科・常任指揮>

沖縄県出身。吹奏楽は小学6年の後半より中学校の部活に入り、Tubaを始める。中学1年でClに変わり、3ヵ月後Hrに移った。楽器を吹く才能がないので高校では別の部活に入った。教員になってからずっとコーラス指導していたが、茨城県に赴任した年から吹奏楽部の顧問になり、コンクールや定期演奏会等に出演。3校目は、吹奏楽部と合唱部の顧問になり、それそれ活動する。4校目は女子高(後に共学)だったので合唱三昧の日々を送る。平成16年4月日立一高に赴任。
5月の定期演奏会では四苦八苦しながらステージに立ったことを思い出すと、ぞっとするやら恥ずかしいやら・・・。しかし、感動は今も続いている。部員一人ひとりの自主性・技術力・頭脳明晰力等どれを取ってもすばらしい。何事にも負けない強い精神面の充実を図り、一致団結して「目指せ一本♪」を目指そう!!
常に影から応援しています。

大沼守正 先生(副顧問)
<数学科・指導(指揮)>

水戸市出身。平成18年4月 日立一高に赴任。
小学校時代,金管バンドに憧れ,4年生になったら必ず入部しようと決心するも3年生の3学期に引越のために転校。転校した学校には金管バンドがなく,ショックを受ける。卒業後,金管バンド部が設立。(現在,東日本学校吹奏楽大会に7年連続出場中の小学校と言えば…)中学校で吹奏楽部に入部し,ホルンと出会う。それ以降,楽器は吹き続けていて,現在は常陸太田市民吹奏楽団に所属。
本校に赴任した初年度は卓球部の顧問であったが,平成19年度から吹奏楽部の副顧問に就任。影から様々な面をサポートしている。部員数が多いので顔と名前を一致させることも大変だが,部内のあだ名も頑張って一致させようとしている。
練習する環境には制約が多く大変ではあるが,東関東に留まらず,いつかは全国の舞台を絡ませてあげたいと考えている。みんな一緒に頑張ろう「めざせ一本♪」

伊藤文詔 先生(副顧問)
<理科(生物)・指導>

ピアノ少年だった私は、中学2年生のときに吹奏楽部に入部したのを契機に色々な楽器に親しむようになりました。当時創部後数年と新しかった部で初めてコントラバスを担当しました。先輩がいないので一人で技術を身に付けるのは大変でしたが、様々な発見がある実り多い日々だったことを覚えています。私が進学した高校には吹奏楽はなく管弦楽部があったので、コントラバスの技術を生かすことができ、その部のOBで作るオーケストラに今も時々参加しています。また、以前勤務していた学校では、吹奏楽部の演奏の機会にはパートの穴埋めに様々な楽器を演奏していました。そのお陰でDs,Fl,Cl,0b,Sax,Tp,Tubaを演奏できます。

阿久津信 先生(副顧問)
<理科(化学)・指導(指揮)>

吹奏楽に初めて関わったのは中学校の部活で、楽器はTuやEupを吹いていました。
高校では何も部活はやらず、いわゆる「帰宅部」でした。そして大学では再び吹奏楽のサ ークルに入りTpを吹き始め卒業するまで続けました。教員になってから間もなく、ふとし たことがきっかけでObを習い始め、その後10年くらいは一般バンドなどでObを吹いた り、学校の吹奏楽部の顧問をしたりしながら細々と吹奏楽活動をしていました。
最近の10年くらいは吹奏楽とのかかわりはほとんどありません。これは決して楽器を吹 くことが嫌いになったとか飽きてしまったのではなく、忙しいことと適当な吹く場がない ことが理由です。むしろ楽器を吹くことは大好きなので(指揮をしたり、技術指導をした りすることはどうも※※ですが・・・)機会があったらぜひ仲間に入れてください。(あ くまでも演奏者として)皆さんよろしく!!

佐藤敦子 先生(副顧問)
<家庭科・会計>

ずいぶん昔、部員でした。
1年の時、日立一高初めての関東大会出場に居合わせました。日立の山の中から出てきた小娘としては、ビックリ仰天でした。その頃は音楽面の指導をしてくださる顧問の先生がいらっしゃらず、OBが指導してくださっていたのですが、それがこわーい先輩でした。(私には…なにせ「女みたいな音出すな」ですから…)
2年の時、前年の指揮者が指導できなくなり、3年生が指揮者となりました。部員みんなで音楽を作り上げた…と思っていたのですが、その当時大変失礼なことも先輩に申し上げたようです。(この場を借りてごめんなさい)
3年の時、赴任していらした音楽の先生が、顧問になってくださいました。「自主自立」の感が強い部活に、とまどっていらしたのではないかと、今なら思えます。
卒業した年に、第1回定期演奏会が行われました。ステージは「元制服」の学生服とブレザーでした。自分の年を忘れたときは、定期演奏会の回数から計算できるので、便利です。
平成7年に教員として本校に赴任し、吹奏学部の副顧問にしていただきました。が、10年ほどは、練習場所の確保に協力した程度でした。8年度から事務面で関わるようになってみて、ビックリしました。こんなことまで生徒がしているのということがあったからです。
それはともかく、部員たちはほんとうに忙しく活動していると思います。昔はこんなにはなかった…あまりにも昔と比較しすぎ?昔だって親に、「部活ばっかりやって…」と言われたのに、今の親御さんは何とおっしゃっているのでしょうか?
顧問の一人としてた~くさん活動してほしいし、高校生の親としては「ほどほどに…?」部活動をしながら、演奏面ばかりでなく、いろいろな力を身に付けてもらえたらいいなと思っています。

 
次へ >